2026年春。開業届を提出しました!

タイトル: 上部に「【2026年春。開業届を提出しました!】」というテキストを配置。 ストーリー: 窓の外には「Uターン先の地方の風景(緑豊かな山と田舎の家並み)」、その奥には「東京のビル群」が見え、過去と現在の環境を対比させています。 アクション: 主人公が「開業届」と書かれた書類にサインをしている様子
※本文にプロモーションが含まれています。

こんにちは!わとそんです。

今年の春、ついに開業届を提出しました!

わとそん、41歳の出来事です。

事業の内容としては、これまでの経験を活かした労務管理周りの支援や、バックオフィス業務の整理などを行っています。

今のところクラウドワークス経由で契約をしている企業を支援していますが、将来的にはNPOなどの非営利組織に対する支援・伴走ができるようになるのが目標です。

クラウドワークス

開業届を出すまでの経緯

簡単にですが、私が開業届を出すことになった経緯を紹介します。

私の経験が同じような境遇の誰かの役に立つといいなと思っています。

40歳でド田舎にUターンをした

実は昨年初めまで、東京で働いていました。30歳を過ぎて遅めの上京でしたが、コロナ禍を挟みつつ大変ながらも充実した日々を過ごしていました。

自分が都会で楽しく年齢を重ねるにつれ、実家で暮らす両親の状況も少しずつ変化。介護までとはいかないけど、ちょっと一旦、様子見で帰った方がいいのかな?という事態になり、悩みながらのUターンでした。

結果、自分の人生を無駄にしてしまった後悔しかないので、この点は改めてお話したいと思います。

東京で転職を重ねた結果、地方企業に敬遠される

東京ではキャリアアップのためにどんどん転職をしていました。30代だとまだまだ求人はたくさんあり、新卒以降でトータル2桁の転職回数になってもあまり困りませんでした。

むしろ経験者として良い条件で転職できたので、給料もそれなりに上がっていました。

Uターンを前に、地方の転職市場がどういう感じかは転職エージェントや民間のキャリアコンサルタントから情報収集をしていました。

結論から言うと、年齢的にも転職回数的にも、かなり厳しくなるということ。

地方に戻るつもりがなかったので、転職回数を気にしていなかったのですが、どうやらかなり不利らしい。

でもそれはもう、仕方のないことです。転職活動を進めながらのUターンとなりました。

実家に戻ってすぐは、何社か続けて面接まで進むことはできました。

しかし、どの会社も「転職理由を教えてください」だけで面接終了。もちろん不採用です。

志望動機も自己PRもできない面接ばかりで、こちらから辞退することも続きました。

気持ちを切り替えて、職業訓練に申し込んでみる

ここが大きな転機でした。

キャリアコンサルティングを受ける中で、無理に望まない業種で転職活動を続けるよりも、方向転換でリスキリングを考えてみては?となりました。

高校生、大学生の頃から自分のWebサイトをHTMLを使って作っていたことや、コロナ禍あたりからこのブログサイトの運用をしてWebマーケティングに興味があったこともあり、ちょうどその時期に開校予定だっWebデザイナー養成コースに申し込んだのです。

独立を目指すクラスメイト達に刺激を受ける日々を過ごす

縁があり職業訓練に通えるようになると、様々な年代、背景をもつクラスメイト達と切磋琢磨の日々が始まりました。

コースの性質上、フリーランスとして在宅で働けるようになりたい!とWebデザイナーを目指すひとが多く、経験者もいるクラスでした。小さなお子さんがいる若いひとも多く、それでもしっかり資格を取っていく姿にはとても刺激を受けました。

授業をしていく中で自分の興味関心がどこにあるのかも見えるようになり、学校推奨の資格以外にもチャレンジするようにしました。

職業訓練がきっかけで、ウェブデザイン技能検定やITパスポートといった国家資格を取ることができました。

在籍中に、職業訓練での学びを活かせる職種に就職も決まり、途中退校。

半年ほどでしたが、本当に内容の濃い、素晴らしい経験ができたと思います。

稼ぎにいく、はもうできない。

東京にいた頃のように、「もっと給料上げるために転職する」ができない地方で、仕事のモチベーションをどこに置くかという悩みがありました。

稼ぎたくても、働ける場所がないのですから。自分の価値観や自信が、音を立てて崩れる感覚でした。

それでも職業訓練やプロボノの経験から、「稼ぐより、人の役に立つことを」という、人事部を目指した頃の原点に立ち戻ることができました。NPO法人での勤務経験もあり、非営利組織の大変さを目の当たりにしたからこそ、自分のスキルを活かせる場所があると考えたのです。

この思いを少しでも具現化できる就職先になると思っていました。

フルタイム正社員。毎日不要なファイルを削除して一日が終わる。

せっかく職業訓練を途中退校して得た就職先。

ここが悪夢の始まりでした。

ひとより多い転職のおかげで数々の職場を見てきましたが、組織としてここまで崩壊している場所は初めてでした。

入社後のオンボーディングもなし。組織や部署の目標とか課題などの共有も無し。私が何をするために補充採用されたのかも説明なし。

採用面接時には、職業訓練で学んだスキルを活かして、先輩社員たちとクリエイティブな業務に携われるという話になっていました。

でも実際はほぼ毎日のように、パソコンに残っている古いファイルを削除していく作業。こんな作業で何日も何か月も人って持たないんです。

上司にも現状を共有して、もっと仕事回してもらって大丈夫だと相談していました。でもその相談すらうまくチームに共有されずに大荒れすることに。

あまりのストレスに軽いうつを発症してしまい、半年ほどで退職することになったのです。

もう、就職先はない。でも、プロボノはあった。

先にも書いたように、就職先がなかなか見つからず、職業訓練を経てようやく見つけた仕事でした。

体調が回復してすぐに転職活動は始めましたが、そもそも、ないのです。

ここでまた転機が訪れます。

Uターン後にいろいろと動いて繋がりを作っていたことが功を奏し、プロボノとして非営利組織の支援に携われる機会を得ることになりました。

東京にいた頃に知ったプロボノ。当時から継続して支援している団体さんもあり、地元でも活動することにしました。

並行して、正社員という働き方にこだわらず、フルリモートで今までの経験を活かせる仕事が見つかればいいな、という軽い気持ちで登録していたサイトからオファーが。

フルリモート勤務が可能な東京の企業のため、地元と時給が数百円違うのです。働き方や地元にこだわる必要は全くなく、働くことをフラットにとらえたとたん、こういう良いお話がいくつか舞い込んできました。

運よくプロボノもフルリモートも契約ができたのです。

思い立ったら、行動あるのみ

業務委託とアルバイトのハイブリットという働き方が決まり、時間に大きく余裕が生まれました。

こうなると、収入を増やすためにできることは業務委託の案件を増やすことです。

自分のスキルに足りないところを補うための勉強を始めると、「独立」「起業」という言葉が頭にちらつきます。

業務委託で報酬を得るからには、ちゃんと届け出が必要になります。

その届け出が「開業届」です。

開業届には事業内容を書く欄があり、じゃあ何をしようかと。いろんなセミナーを受けて、本を読み、自分なりに整理をした結果、「自分が楽しんでできるとこ」をやろうと決めました。

開業届を出して数か月。

春に開業届を出して、3~4か月が経ちました。

業務委託の案件は思うように仕事が回ってこず。

メインでやっていきたい事業にはいまだ案件はなく。

意気揚々と提出した開業届でしたが、実情はそんな感じ。

でも、東京にいた頃のように早朝から夜遅くまでオフィスで人の気配にイライラしながら仕事をするようなことはなく、自宅でのんびり最低限の業務をこなす生活も悪くはありません。

収入を犠牲に、穏やかな時間を手に入れました。

まだまだ満足いく結果ではないですし、このままじゃ暮らしていけなくなります。いつまでも地方にいるつもりもなく、いずれまた東京に出ていく気満々です。

そのためには、穏やかな時間も多少は犠牲にして収入も取りにいかないといけません。

これから。

Uターンをして地元で地道に蒔いていた種から、少しずつ目が出てきている実感があります。

小さな繋がりを大切に。

ひとつひとつの出会いに感謝を持って。

来年の今頃には「独立してハッピー」と声を大にしてブログに書いているように、コツコツを進んでいこうと思います!

コメント